樹木希林さん出演の映画・ドラマ・受賞歴と気になる年齢・出身地など【俳優名鑑】

(出典:Wikipedia)

樹木希林さんの生年月日 ・出身地 ・身長・血液型

樹木希林さん情報
生年月日:1943年1月15日(没年月日:2018年9月15日)
出身地:東京都千代田区
身長:159cm
血液型:A型
結婚:有(ミュージシャン:内田裕也)
所属事務所:フリー

樹木希林さん出演の主な映画・ドラマ

主な出演映画

夢千代日記(1985年)
REX 恐竜物語(1993年)
美味しんぼ(1996年)
命(2002年)
下妻物語(2004年)
チェケラッチョ!!(2006年)
東京タワー 〜オカンとボクと、時々、オトン〜(2007年)
歩いても 歩いても(2008年)
悪人(2010年)
わが母の記(2011年)
ツナグ(2012年)
そして父になる(2013年)
あん(2015年)
海よりもまだ深く(2016)
万引き家族(2018年)
日日是好日(2018年)
エリカ38(2019年)

主な出演ドラマ

時間ですよ(1965年~1990年 第3シリーズ)
寺内貫太郎一家(1974年)
ムー(1977年)
ムー一族(1978年~1979年)
影の軍団シリーズ(1980年)
夢千代日記(1985年)
はね駒(1986年)
はみだし刑事情熱系(1996年)
葵 徳川三代(2000年)
僕たちの戦争(2006年)

樹木希林さんの受賞歴

2005年 第37回芸術選奨文部大臣賞 『はね駒』
2005年 第26回ヨコハマ映画祭助演女優賞 『半落ち』
2005年 第28回日本アカデミー賞優秀助演女優賞 『半落ち』
2007年 第31回日本アカデミー賞最優秀主演女優賞 『東京タワー 〜オカンとボクと、時々、オトン〜』
2007年 第20回日刊スポーツ映画大賞助演女優賞 『東京タワー 〜オカンとボクと、時々、オトン〜』
2008年 紫綬褒章
2009年 第30回ナント三大陸映画祭最優秀女優賞 『歩いても 歩いても』
2009年 第33回報知映画賞最優秀助演女優賞 『歩いても 歩いても』
2009年 第51回ブルーリボン賞助演女優賞 『歩いても 歩いても』
2009年 第82回キネマ旬報ベスト・テン助演女優賞 『歩いても 歩いても』
2009年 第32回日本アカデミー賞優秀助演女優賞 『歩いても 歩いても』
2011年 第34回日本アカデミー賞最優秀助演女優賞 『悪人』
2012年 第4回TAMA映画賞最優秀女優賞 『わが母の記』
2012年 第25回日刊スポーツ映画大賞助演女優賞 『わが母の記』『ツナグ』
2013年 第36回日本アカデミー賞最優秀主演女優賞 『わが母の記』
2014年 旭日小綬章
2015年 第28回東京国際映画祭 ARIGATO賞
2015年 山路ふみ子映画賞女優賞 『あん』
2015年 第7回TAMA映画賞 最優秀女優 『あん』『駆込み女と駆出し男』『海街diary』
2015年 第40回報知映画賞 主演女優賞 『あん』
2016年 第37回ヨコハマ映画祭 特別大賞 『あん』
2016年 第39回日本アカデミー賞 優秀主演女優賞 『あん』
2016年 第9回アジア太平洋スクリーンアワード 女優賞 『あん』
2016年 第37回ヨコハマ映画祭 特別大賞
2016年 第42回放送文化基金賞・演技賞 『いとの森の家』
2016年 第10回アジア・フィルム・アワード・特別功労賞
2017年 第26回日本映画批評家大賞・ダイヤモンド大賞(淀川長治賞)
2017年 第66回神奈川文化賞
2018年 第12回ジャパン・カッツ カット・アバブ賞 『モリのいる場所』
2018年 なら国際映画祭特別功労賞
2018年 第43回報知映画賞 助演女優賞『モリのいる場所』『万引き家族』『日日是好日』
2018年 第31回日刊スポーツ映画大賞・石原裕次郎賞 助演女優賞『万引き家族』『モリのいる場所』『日日是好日』
2018年 第73回毎日映画コンクール 女優助演賞『万引き家族』
2018年 第42回日本アカデミー賞 最優秀助演女優賞 『万引き家族』
2018年 第42回日本アカデミー賞 優秀助演女優賞 『日日是好日』
2018年 第35回ATP賞テレビグランプリ 特別賞

樹木希林さんのレビュー・評価

樹木希林さんへの個人的評価

私が樹木希林をテレビ画面で見た頃は、悠木 千帆という芸名でした。樹木希林に改名すると聞いた時は、この人らしいと思った記憶があります。

ドラマ「時間ですよ」で、老婆役をやっていた頃は、なんと20代なのです。何シリーズから観ていたか記憶が定かではありませんが、私は小学校だったので、本物の老婆と思ってドラマを観ていました。

あの頃は特殊メイクなどはなく、カツラと簡易のメイクだけで、あの老婆をかも出した樹木希林という女優は異才でした。また、アイドル的存在だった浅田美代子を、平手打ちしたり蹴飛ばしたりと、一切の手加減をしていない様がおもしろ可笑しく、本当にテンポの良いドラマでした。

「寺内貫太郎一家」でも、老婆役を演じ、痛快なドタバタコメディでしたが、これまたスーパーアイドルだった西城秀樹に対して手加減なしの絡みに笑わせてもらっていました。樹木希林扮する老婆が、沢田研二のポスターに向かって腰を振りながら「ジュリー」と叫ぶシーンは名物となり、毎週叫んでいましたね。女優としても然る事ながら、私生活も話題が尽きない方でした。世間で知られているご主人は内田裕也ですが、実は再婚なのです。1964年に俳優の岸田森と結婚したのですが、1968年に離婚。1973年10月に内田裕也と再婚したのです。

しかし、結婚生活はわずか2年でした。原因は内田裕也さんのDVだと言われています。その後、40年以上も別居生活を続けていた訳ですが、樹木希林は決して離婚はしませんでした。何をしでかすか分からない内田裕也さんを、最後まで面倒をみるつもりだったのではないかと想像します。

晩年も数々の映画に出演され、「万引き家族」ではリアリティを求め、入れ歯を外して臨まれたそうです。女優魂を感じます。

コメディからシリアスまで幅広く活躍された女優でしたが、何を演じられても、「演じる」を感じさせない数少ない女優だったのではないかと、個人的に思っています。もう一度、コメディタッチな作品を見たかったと思う今日この頃です。

樹木希林さんへの個人的評価

2018年に惜しくも他界されましたが、本当に多くのドラマ、映画に出演されています。家族に、夫の内田裕也氏(故人)、娘むこの本木雅弘氏とそうそうたる顔ぶれです。

ドラマ寺内貫太郎一家では、主人公の実母を演じます。老け役で、その後の映画の老婆役はその当時から経験していたのかもしれません。また、テレビCMシリーズの「フジカラー」も、長年オンエアされました。コント風の掛け合いも毎回話題になりました。

映画は、晩年の作品が見応えがあります。特に「万引き家族」のような犯罪や普通ではない一面を描いた作品では、役者さんの演技力がないと作品として成立しません。ドラマや他の映画で長年培った演技力が光ります。

「神宮希林」は、東海テレビ制作のドキュメンタリー番組で、伊勢神宮の参拝や伊勢神宮ゆかりの地や人物を彼女が訪問します。その立ち振る舞いや知識など、本当に日々勉強や研鑽をされていたことが伺いしれる、大変おすすめの番組です。後年は、自身の病気のことも告白し「来年は亡くなっているかもしれないので、次回の出演は約束できません」の発言がとても生々しく、でもとても潔さも感じます。留守番電話のメッセージ「著作権うんぬん」も同様です。